CHANELについて
- 1.はじめに -
 
シャネルブランドとの出会いと、私の知っているシャネルについて、ほんの少しだけ…お話をしたいと思います。 私が始めて高級ブランド、シャネルを知ったのは今2004`から20年位前…日本国中が昼も夜もピカピカに輝いていた1980年代…そう、日本の経済がバブルの時代です。
まだ学生をしていた頃、夜こっそりお部屋を抜け出し…^^;お友達と今で言うクラブ(当時はディスコです^^;)へ行った時です、 羽の付いた扇子を優雅に振り、キンキンきらきらの装飾品を素敵に身にまとい踊っているお姉様達に圧倒され、目が離せませんでした。
憧れのお姉様達の身に着けているイヤリング、ネックレス、ベルト、バック、スカーフ、靴、時計、お店中に香るフレグランスまでもがシャネル(ココシャネルと19番)もう全てがCCマークです。 ここで初めてシャネルブランドに出会いました。
その頃のシャネルの印象はとにかくゴールド、マトラッセ、シャネルロゴ、大きなCCマーク、現在の可愛いのではなく「カッコいい=可愛い、派手、目立つ」なんと言ってもゴージャス(価格も)な高級ブランドで今から考えても高価でした。
当時のシャネルバックは30万前後が普通価格帯でイヤリングなどのアクセサリーも 現在の価格帯より高額だった様な…まだ幼かったかもしれませんが?そんな気が致します。 当たり前の事ですが当時学生の私にはまったく手の届かないブランドでした。
だからこそ恋焦がれ、「シャネルを身に付け素敵な女性になりたい」と憧れておりました。
当時、きらきらに踊っていた素敵なお姉様達は今でもシャネルファンなのでしょうか? きっと、シャネルをさり気なく身にまとっている大人の女性になっているのしょうネ… 因みにですが当時、私の住む街にあるのはシャネル風、タイプのブティックだけです! その頃のファッションは国内各ブランドメーカーもシャネルスーツを真似た洋服が多かった様な気が致します。 私のFirst CHNEL は学生時代に家族旅行で訪れた香港のシャネルブティックです。 ブティックの重圧感、敷居の高さに緊張しブティック内をキョロキョロしながら無理やりオネダリをしたスカーフです。 その時、小さな可愛いマトラッセバックを見つけ(オネダリ視線を送りますが…)明後日の方を見て完全に無視されましたネ(笑) 帰国後、母のシャネルバックを借りオネダリしたスカーフを身に付け、いざクラブ(ディスコです(^-^;)へ。 後にそのバックは母から譲り受け(私のバックになりました^^)お気に入りで大活躍いたしました。 今から思えば、子供のクセに背伸びをしたチグハグファッションですネ。恥ずかしいです…。 年齢とのバランスが悪く全然似合ってい無い気がします。これも時代背景でしょうか?。 現在のシャネルコレクションの中のカジュアルで若々しいトラベルラインスポーツラインがあれば…間違えなく選んでいるでしょう。
私の年齢は文面でお察し下さいませ。Top Secretでございますが、お解かりになりました…? 当時、憧れておりましたお姉様達の年齢を軽く超えてしまいました^^;
 
 
当時のCHANELアイテム

当時のCHANELアイテム

 
FIRST CHANEL

FIRST CHANEL

 
ニュートラベルライン

ニュートラベルライン

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- 2.CHANELの歴史 -
 
エレガントで大人の女性の代名詞とされるシャネルスタイル。
ツウィードスーツアクセサリーバックゴージャスエレガント。 見え隠れする少女の様なキュートなシャネルファッションは今なお世界中の憧れの的です。 そのファッションが最もよく似合うと言われたのがデザイナー、ガブリエル・ココ・シャネル自身です。 20世紀最大のデザイナーと称された彼女の生涯は、神秘のベールに包まれ、幾つもの伝説が作られました。 その生涯を閉じた時ココ・シャネルは87歳。彼女を知る人すら驚いたと言う。
 
シャネルの歴史は古く1910年にカンボン通りに初めてのお店「シャネル.モード」帽子店から始まります「シャネルブティック」のスタートです。 今年2004`春にカンボンラインのCute(ピンク、ベージュ、ホワイト、ブラック)なバックが発表されましたネ、このカンボン通りから取ったようです。
ココ.シャネル(本名ガブリエル.ココ.シャネル)の生い立ちは今のシャネルのイメージ(優雅で気高く裕福)のものとは想像もつきません。 1883年8月19日生まれ。南西部オーヴェルニュ地方の行商人の娘として生まれ、12歳で母親を亡くし修道院つきの孤児院に預けられます。 質素で厳格な孤児院暮らしがココに華やかな都会、優雅で時代の最先端なモード界への憧れ、強く魅かれていく事は想像できます。 幼い頃よりオーベルニュやムーランの田舎の生活よりモードの中心地パリに強く憧れ、パリへ行きたい気持ちを抱きながらお針子をしておりました。
ムーランのカフェでエチエンヌ(パトロン)と出会い憧れの地パリへ移ります。 そこで裕福な生活を手に入れ、その後エチエンヌの友人アーサー.カペルと恋に落ちます。 2人はココを社交会へと連れて歩きココは徐々に社交会のスタイル、ファッションを身に着けていきます。
1910年パリ.カンボン通り21番の帽子店(現シャネル.パリ.本店)はこの2人による出資でオープンしたと伝えられております。 ココがデザインする独特なスタイルのお帽子は瞬く間に話題を呼び華々しいデビューを収めます。 帽子だけではなくコルセットから女性の体を開放しシルエットと縫製を重視し無駄な装飾や束縛を外し活動する女性のファッションを打ち出します。 下着素材として使われていたジャージ素材を使ったスーツ。喪服でしか使われなかった黒のドレス。 又、長い髪を機能的なショートにし、スカート丈は動きやすく最も美しく見せる膝下丈を提案。スーツにポケットを付け、少年の様に手を突っ込んで歩くスタイルを流行させる等、 次々に斬新なアイデアを生み出しシャネルモード、シャネルブティックへと成長して行きます。 (素晴らしい出会いです。シンデレラストーリーですネ。2人の男性も見る目がある!のですネ…素敵です)
1921年には、オードゥ.パルファム No5を発表いたします。 調香した実験ボトルが並ぶ中でココが手に取った5番目のサンプルの香りから誕生されたと伝えられております。 (亡き有名ハリウッド女優マリリン.モンローが「夜、寝る時はNo5だけ」と名言を残しております) No5の原料であるアルデヒドは香水に使われた始めての化学物質でNo5のセクシャルな深い香りを生み出す素となっております。 モンローのイメージにピッタリな香りに魅了された男性も多いはずです。 この時、同時にNo22も発表されました。やはり22番目のサンプルボトルだったのでしょう。(確か、No22番は日本未入荷ですよネ)
お話を戻しますが、その後アーサーとは破局を向かえます。(彼はその後、車の事故により帰らぬ人となります)魅力溢れるココは次にロシアの亡命貴族ディミトリ.パウロヴィッチと出会います。 彼との出会いによりバロック様式、ビサンチン様式の宝石に魅了されコスチュームジュエリーを生み出して行きます。
1924年には大胆にイミテーション人造宝石を使ったアクセサリーを発表します。 当時のココは「アクセサリーは沢山必要。でも本物を沢山見せるのは、見せびらかしている様で趣味が悪い。私の創るアクセサリーは本物より美しい偽物」と語っております。 この頃のアクセサリーには真珠とチェーンを何重に垂らしたネックレスやルパシカ、スラブ刺繍などロシアンテイストの物が多く発表されております(現シャネル,アクセサリー)です。
1926年にはイギリス貴族のウエストミンスター公と出会います。 洗練された英国様式のスーツに強く影響を受け紳士スーツでしか使われなかったツウィード素材を女性用にとエレガンスなスーツに仕上げます。 1928年、シャネルスーツの誕生です。(現在でもシャネルはツウィード素材を毎年、毎シーズン発表しております。シャネル=ツウィードです。) この頃ウエストミンスター公は結婚を考えておりましたが、ココがシャネルブランドと言う名の仕事を選んだ為に破局を迎えます。 (この時ココは40代です。仕事も恋も充実している年齢。私の勝手な推測ですが、ココは仕事と恋の選択に凄く悩んだ事と思います。きっと彼は愛し過ぎたゆえに答えを急いだのでしょう。) ヨット好きの彼との交際中にココはツウィードスーツの他にマリンスタイルや水夫のかぶるベレー帽を工夫し帽子に宝石を付け発表します。 当時の上流社会を驚かせたと伝えられております。1932年本物のダイヤモンドを使用したハイジュエリーを発表します。
ココ.の恋のお話は続きます。その後、画家のポール.イリバヌガレーと出会いますが、彼の心臓発作により亡くなり悲しい死別をしてしまいます。 1920〜1930年代は女性達が活動的(現代と少し似ていますネ)になり女性の支持を得ます。 ココ.シャネルはクチュール界の不動の地位とファッション界の女王となります。
1939年、第二次世界大戦が近づく頃ココはお店を閉店し自らクチュール界を引退します。戦中の数年間スイスに亡命していたと伝えられております。
戦後パリへ戻って来たココ.シャネルはディオールのニュールックを女性の解放とは違っていると感じ、 1953年不滅の存在、又不滅のブランドである事を世界に知らしめる為に突然クチュール界へカムバックを決意します。 以前のココの助手達に「今すぐ来るように、私たちは、後10年しか働けないのだから」と電報を打ちます。 この時ココの年齢は70歳。ホテル.リッツのスイートを自宅代わりに復活コレクションを考えていたと思います。 1954年シャネルブランド復活です。20年前と同じ様にブラックをメインにテーラードスーツコレクションを発表します。 ファッションジャーナリスト達の不評を買いましたが1956年、アメリカ女性達の支持を得ました。 この時、シャンネルは「私が造るファッションは、女性が着て、生き、呼吸をし、快適と感じる事ができ、若々しく見えるものです」と語っております。 アメリカの女性は実用的な洋服を求めていたのでしょう。
1971年1月10日、スイスに亡命していた時期を除き晩年自宅としていたホテル.リッツ、スイートで静かに息を引き取ります。 ココ.シャネルが亡くなる前、友人に「私が本当に愛したのは、2人だけ…」と語っておりますが、2人とは誰なのでしょう?ここに登場していない男性かもしれませんね。 息を引き取る時まで恋をしていたのかもしれません。 愛する人を糧として生きながらも生涯独身で終えたマドモアゼル.ココ.シャネルですが、決して愛の無い人生を歩んだ訳ではありません。 沢山の友人や恋人に囲まれながら創り出したコレクションの数々はその思いと共に永遠に世界中の女性達に息づいて行く事とでしょう。
ココ.シャネルの自宅であったホテル.リッツ.スイートはその時代のままに残されております。 19世紀の終わりに生まれ20世紀の偉大なデザイナー、マドモアゼル.ココ.シャネルを実感できます。 ホテル.リッツは今でも人気で予約を取る事は至難の業の様です。 ホテル.リッツ向えにあるカンボン通りシャネル本店3階にあるココ.シャネルのアトリエ、シャネルの全てがここから生まれた場所です。室内は現在もそのままに残されております。 ため息がでる程の空間と調度品、中国の歴史深い屏風、ゆったりとした大きなバックスキンのソファー、18世紀に作られた大きな鏡、 クリスタルの輝きを最大限にだしたシャンデリヤ、ブロンズ製[亀][鹿]のオブジェ、など所狭し配置されております。 アクセサリーや数々のコレクションに登場しデザインのヒントが生まれたこのアトリエにはココが1つ1つ意味のあるデザインを生み出してきた全てがたくさん残されております。 ココ.シャネルのお墓には5つの獅子の頭が刻まれております。これはココが獅子座に生まれ[誇り高いマドモアゼルの生涯を象徴]としたものなのでしょう。 シャネルジュエリーのモチーフに獅子が使われております。昨年2003年にライトストーンが散りばめられた獅子のブローチが登場しております。 誇り高きマドモアゼル.ココ.シャネルは永遠に世界中の女性達を虜にし続けます
 
 
カンボンライン

カンボンライン

 
香水No.5

香水No.5

 
人造宝石

人造宝石

 
CHANELスーツ

CHANELスーツ

 
テラードスーツ

テラードスーツ

 
獅子の頭

獅子の頭

 
シャネル本店

シャネル本店

 
ホテルリッツ

ホテルリッツ

 
ホテルリッツ正面

ホテルリッツ正面

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- 3.CHANELのデザイン・モチーフ -
 
マドモアゼル.ココ.シャネルの生前、大好きだった物をご存知ですか?
それは、数えきれない程のコレクションにいろいろな形で登場してきます。
 
[ カメリア(椿) ]
シャネルがもっとも愛した花[カメリア]椿です。
シャネルのアトリエの中国製の屏風の中にも描かれております。アジアの花言葉で「清純」と言う意味を持つこの花を、 ココ.シャネルは[カメリア(椿)は私の永遠のテーマ]と語っております。
カメリア(椿)は19世紀中頃、ヨーロッパの高級娼婦街のドゥミ.モンドの女性達に流行された花とされております。 その官能的で可愛らしさを表現されるカメリアは時代を越え色々な形を変え、シャネルによって表現されております。
2004年、ライトストーンが散りばめられふっくらとしたカメリアブローチが登場しております。 必ず毎年、毎シーズン形、素材を変え又、アクセサリーお洋服のプリントニットの織りボタンバックの金具、バックそのものがカメリア等と シャネル.ブランド、シャネル.ファッションにカメリアは外せないものとなっています。カメリア(椿)はシャネルの象徴、一番シャネルらしいのではないしょうか。きっと世界中の女性に愛され永遠に咲き続ける花だと思います。
 
[ 鏡の階段 ]
本店の螺旋階段は周囲を特注の鏡に覆われております。
勿論、ココ.シャネル自身のオーダーですが、ココ.シャネルはこの階段の上に座り階下を眺めるのが好きでした。 階下のサロンで行われる(デフィレ)と呼ばれる毎シーズンのコレクションの様子、顧客様の反応、 モデルの動きを瞬時に把握する為に作られたと言われておりますが、ここに座る事で次のコレクションのアイデアも生み出していたのではないでしょうか。 又、階段を見上げながら自分が創り上げてきた世界を見つめ、ココ自身をも見つめていたのではないでしょうか。 この階段に座っているココ.シャネルのスナップ写真横顔の写真が多いのもこのようなストーリーからなのでしょう。
 
[ 亀 ]
シャネルアトリエの中に大きな鏡があります。
この鏡は亀甲型(六角模様)になっており、 この型からヒントを得てシャネルNo5の香水瓶のトップになったと言われております。 1987年に発表された時計のプルミエールのデザインにもなりました。 又シャネルブティックのドアノブのベースとなっております。2004年アイコンラインのさまざまな模様をよくご覧になって下さい。 カメリア・No5・香水ボトル・クローバー・ハート・CC・亀・お気付きになってました?良く見てみて下さい。可愛い・亀・が居ますよ。 ココ・シャネルが大好きなモチーフが満載されているバックです。 日本でも亀は縁起の良い物とされておりますよネ。ご結納の儀や結婚式の水引などに登場します。
 
[ 蛙 ]
ココ.シャネルのアトリエにはゴールドの蛙の置物があります。
えっ蛙!?と思う方もいるかと思いますが本当の事です^^;彼女にとって(蛙は幸福のシンボル)なのです。 皆様もご存知と思いますがシャネルのハイジュエリーに蛙のモチーフのデザインがございます。 日本でも蛙は縁起の良い物として色々な所でお見かけしますよネ^^
その他にも[麦]麦は豊潤で豊作、再生の意味を持ちアトリエのオブジェになっております。 [鹿]2002`のコレクションで話題になりましたシカですがやはりアトリエに牡鹿と雌鹿の18世紀中国のブロンズ製の置物がございます。 ココ.シャネルはさまざまな物に拘りを持ち、その全ての物をコレクションのアイデアにしてしまいます。
 
[CC]
ダブルCです。CCマークこれこそがシャネルの2つのCです。
実はこのマークについては、いつ頃生まれたのか、どう言う意味を持つのか、 明らかにされていない部分が多く謎につつまれております。
ただ、ダブルCに関してはガブリエル.ココ。シャネルの愛称のココのCシャネルのCが使われているのではないか… が最も有力な説とされております。
ココ.シャネルはデビューの頃からシャネルブランドのもの(私のブランド)と 一目で解るサインやシンボルを好んで使っておりました。 その様な意味でこのシグネチャーがココ.シャネルにとって大切なもの(看板)は紛れもない事実なのではないでしょうか。
 
[マトラッセ]
通称シャネルバックと呼ばれておりますが、キルティングの意味を持つマトラッセは1955年に誕生いたしました。 その名の通りバックのボディーに施されたステッチとレザーを編みこんだチェーンストラップが特徴です。 このバックが生まれたヒントには競馬の調教師のウエアーのキルティングから来ています。 革の伸びを防ぐ効果とチェーンストラップはレザーと組み合わせる事により、滑りやすくウエアー傷付けない利点から生まれました。 このマトラッセは180もの工程を経て職人の手により作られます。 それは6人の職人の10分間の仕事量と言われております。 オートクチュールのバックと言われるのは最もな事だと思います。 半世紀の時を経て現在も変わらず愛されているマトラッセはまさにシャネルのシンボルではないでしょうか。
 
 
カメリア

カメリア

 
シャネルアトリエ

シャネルアトリエ

 
鏡の階段・横顔

鏡の階段・横顔

 
亀モチーフアイコンライン

亀モチーフ
アイコンライン

 
CCステッチ

CCステッチ

 
プルミエール

プルミエール

 
マトラッセ

マトラッセ

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- 4.近年のCHANEL -
 
現在のシャネルを支えるデザイナー、カールラガーフェルド
ココ.シャネル時代のテイストを活かしアバンギャルドな遊び心を付け加え更、にシャネルブランドを不動のものにした トップデザイナーカールラガーフェルドは、ココが亡くなり低迷していたシャネルブランドを救った神様的な存在なのではないでしょうか。
1938年ドイツのハンブルグに生まれ、16歳で国際羊毛事務局コンクール、コート部門で最優秀賞を受賞し、 10代でピエールバルマンに就職し4年間所属。その後ジャパントゥに移り21歳でアートデレクターに就任いたします。 生まれながらの天才デザイナーですネ。1963年に独立しカールラガーフェルド.ブランドを立ち上げます。 同時にフェンディーのデザイナーも務めておりました。 1983年からシャネルのオートクチュールを担当、1984年、プレタポルテも担当した事によりシャネルの売り上げが伸びたと言われております。 シャネルの伝統を生かしながら独自の創造性を加え華麗な作品が彼のデッサンを元に生まれております。 カールラガーフェルド自身、カメラの腕もかなり高く、 彼自身が撮影した写真やデザインを始めファッションショーなど全てにおいてプロデュースをし、完璧なまでにこなします。彼は21世紀最大のデザイナー又、天才プロデューサーではないでしょうか。 カタログなどにも使われております。
 
 
近年のアイテム

近年のアイテム

 
カールラガーフェルド

カールラガーフェルド

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- 5.あとがき -
 
昔からですが近年あまりにもコピー製品が多くシャネルタイプ・シャネル風などの 言い方やブランド名を語った乱用を禁ずる広告が出されておりますが、 その事からしてネームバリューの影響力、有名ブランドの根強い人気が伺えます。 コピーされ、乱用される事に対して、生前のシャネル自身はこの様に語っております。 「もし模倣がなかったら、どうやって流行させる事ができるの?」とまったく意に介さない様子だったそうです。 「超一流ブランドだからこそ、模倣されるのよ」と言わんばかりです。 確かに流行はそこから来ていると感じました。シャネルスーツにはシャネルのバックを合わせて。 シャネルのアクセサリーには、やはりシャネルの・・・トータルでコーディネートしてこそ生きてくるもの。 まして粗悪な偽物を持っては品性が疑われてしまうのではないでしょうか。 妥協を許さないクオリティーの高さ、吸い込まれる程に期待に答え、何世代にも渡り譲り受けて行けるものだから本物なのではないでしょうか。
最後に私自身がシャネルブランドに出会って、とても幸福な気分にさせてくれる事に感謝しております。 憧れの女性、大人の女性を感じさせるアイテムの中に少女の様な純粋さと可愛らしさが見え隠れするシャネルブランドの 永遠のファンであり続けたいと同時に、お婆さんになってもシャネルに触れ、女性だけに許される至福の時を感じていたいと思います。 前書きのお話に出てきた母ですが(まだお婆さんではないですよ)現在もシャネルファンであり 何気なくサラリとシャネルを身に付けております。TPOに合わせたファッションは私のお手本です。
現在、私の中でチョット気になるアイテムは、先日ブティックに伺って見た(真っ赤なBagの真ん中に小さくゴールドのCCマーク) 溶けてしまいそうな光沢のバックです。 お値段は…0が7コです。(真っ赤なクロコダイル)でした。 …もう少し我慢!我慢!と後引く思いで帰宅いたしました。(まだまだ、私が持つには若過ぎるかな?…かな?と心に言い聞かせました)
毎シーズンのコレクションに驚かされ、時を忘れてしまい目が離せないファッションショーを楽しみにしております。 これからも世界中の女性達をもっともっと素敵でキュートにして下さい。 シャネルの歴史、資料を元に私の言葉で語らせてもらいました。 楽しくお読み頂けていれば幸いでございます。 お見苦しい所などございましたらお許し下さいませ。
 
2004年12月アジア最大売り場面積を誇る銀座シャネルビルの完成を楽しみにしております。
 
S'il vous plait Au revir !  Merci.
 
お気に入りのカメリア

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お気に入りのアイテム

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お気に入りのアイテム

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ショーパンフレット

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